この記事では主に私、『茜』がいつも笑顔、ご機嫌で過ごすための人に対する考え方をご紹介しようかなと思います。
そもそも『茜』がどんな人かは、プロフィールをご覧ください。
まず私がいつも笑顔で多少のことでは動じなくなったのは、主に高校在学中からです。
ブログのタイトルでもあり、私にとって重要な名前でもある『愛嬌モンスター』と呼ばれたのは中学3年生の頃です。中学の私は反抗期でもあり、尖っていたので(笑)ピリピリしていたり、怒っていても顔だけは笑顔を作れたからこんなあだ名がついたのだと思います。(ちなみに中学校の後輩からのあだ名は『鬼』でした。。)
尖っていた私が、高校~現在まで「いっつも笑顔だね、ごきげんだね」と呼ばれるようになったきっかけと、考え方を紹介していきます。
私の笑顔の理由についての記事はこちら
いつも笑顔・ご機嫌でいるための特徴①自分は自分が思っている以上に凡人である事を知っている
人は皆どこかしらで、自分は周りよりは、あの人よりは出来る人間だ、才能があるのではないかと思っています。もちろん私も思っていました。
でも実際に出来る人、才能に溢れている人って本当に本当に一握りです。どの分野であっても上には上がいます。それは努力の量とは比例しないと私は思っています。
人ってほとんどが普通の人です。
自分は思った以上に凡人ですよね。
自分って「そんなもんか」と、気づいた出来事
私が自分に対して「実はそんなに特別な人でも何でもない普通の人だ」と大きく感じた出来事を一つご紹介します。
私は部活動(吹奏楽部)を一生懸命していて、実力としては県内TOP3に入る程度の中学校で、校内オーディションではずっと1位でした。その甲斐もあり、特待生の部活動推薦で高校に入学しました。中学では部員の誰よりも努力している自覚があったので、高校でもこの調子で努力さえできたら活躍できると考えていました。
でも実際に高校では3年間1度もトップにはなれませんでした。ずっと1番だった友人は努力は大前提に、才能にあふれていて卒業後は音大に進み、プロになりました。私は楽器はもうやっていません。
そんなもんなんですよ。自分は。
このことを知ってから、
私は1人で何でも出来て才能もあるわけではない、普通の努力しかできない凡人だ。
と思うようになりました。
重要なのはそこで落ち込むだけではないということです。私は残念ながら、才能には恵まれず、何かを成し遂げられるような大きな覚悟をもって努力を続けられる人ではありませんでした。
けれど、だからこそ沢山の人に助けられて生きてきたことに気づくことが出来ました。
「凡人」でよかったこと
もっと自分は何かできるんじゃないか、成し遂げられるんじゃないか、と感じていた私ですが、この出来事をきっかけに自分の中で大きく価値観が変わり始めます。
自分は完璧じゃないし、才能もない。誰かに支えられて生きているのだから と、自分も他人も許せるようになりました。
自分も含めて人を許せること、って中々難しいと思います。特に社会の中で生きている私達にはいろーんなタイプの人がいます。罪を犯した、確実に悪意があって意地悪された等の場合は別として、
『誰かと接する時に、自分は一人でできないことも多い・失敗する時もあるからせめて普段は褒められることも多い笑顔でいよう。』というマインドで私は過ごすようになりました。
自分に余裕がない時、自分は間違えてないのにって思う時も多々あるけれど
まあ自分も完璧な人間じゃないからな、でオッケーなんです。
これが私が知っている、いつも笑顔でいられる方法(考え方)です。
まとめ
今回は“いつも笑顔”“いつも機嫌が良い人”でいるために私が大切にしている事を紹介しました。
私は『自分は案外普通の人間』だということを知っています。
だから自分に対しての幸せを感じるハードルが低く、自分も他人にも過度な期待をしていません。
それが私が思ういつも笑顔でいられる大きな理由です。
人の考え方は直ぐに変わるものではありませんが、この記事を読んでくださった皆さんにすこしでもお役に立てればと思います。
コメント